公団の一室をリノベーション機能性とデザイン性を両立した
“余白”のある暮らし
団地の狭さと暗さを解消
ここは築40年の3階建ての団地。建築家・青木律典さんは、分譲として売り出された公団の一室をリノベーションし、自宅としている。
「まわりが程よくのどかな環境で、バルコニーのある南側には保育園の園庭があり視界が開けています。建物も、コンクリートの壁で間仕切りされた壁式構造で強度がある。低コストで購入できて、しかも自由に手がつけられるので理想的な物件でした」。
57平米の空間をいかに広く感じさせるか。最初に考えたのは視覚効果だった。既に3DKから2LDKへリフォームされた物件だったが、廊下や収納を取り壊し、全面的に見直すことに。
「まず玄関が狭く感じられました。ドアを開けた瞬間に視界がまっすぐ伸びていけば、空間に奥行きと広がりが感じられます。そこで押し入れなどを取り、中央に土間を通しました」。
玄関をあけると奥まで伸びたモルタルの土間とグレーの壁。公団のイメージとはかけ離れた空間が出迎えてくれた。
視覚効果を生む大胆なアイデア
「自宅なので自分の好みを反映させたくて。直線的でシンプルな空間を目指しました」。構造上外せない中央の梁を活かし、直線がぶつかったり交わったりするイメージを形に。
「書斎にはキッチンまでつながる大きなスライド式の扉を1枚取りつけました。これも直線を活かして視覚的な広がり効果を生んでいると思います」。
玄関を入ってすぐの所にある洗面は、あえてオープンにすることで広さと明るさを確保。
「普通は閉じておく場所ですが、こうすることで北側の窓からの光も入って明るくなります。家に帰ってきたとき、真っ先にテンションを上げてくれるスペースですね」。青木邸はトイレにも仕切りがない。シンクにつながった木の板を、使用する時だけ上にはね上げて使う。
「トイレって、いちばん使用頻度が少ない場所なのに、個室にしてしまうのはもったいないと思ったんです。使わないときは板を渡しておくので作業台になるし、機能的だと思います」。
ユニットバスや洗濯機は、寝室から連続するグレーの壁で覆い隠して、全体を四角い箱のように見立てた。
「空間に変化をつけ奥行きがでるように。狭い空間をカバーしてくれていると思います」。
和テイストを取り入れる
漆喰の壁と無垢の床。シンプルで無駄のないリビングダイニングには、障子を通してやわらかな光が差し込んでくる。
「カーテンが好きじゃなくて。障子は光を拡散してくれるので、よく使います。でも和に偏りすぎないよう、桟をできるだけ少なくしました」。窓のまわりを木枠で囲い、格子を最大限減らした障子を採用。サッシの換気口など、見せたくない部分を隠しつつ、障子がモダンに取り入れられる。
キッチンは妻・恵子さんの希望で、家具屋さんにオーダーして造作。使いやすさにこだわったキッチン台は、ホワイトアッシュとステンレスの色彩が、グレーの壁に調和する。
「棚板を取り付けて、ふだん使うものは見せる収納にしました」。この板は、書斎からキッチンにかけての扉と同じくラーチ合板を重ねたもの。廉価な素材なのに、側面の積層が味わいを出して、青木さん夫妻が好む、作家ものの陶器によくなじんでいる。
アート作品は“窓”と同じ
「機能的な場所に息抜きのスペースを作ってあげることが大事だと思うんです。そのためにはアートも有効です」。グレーの壁にかけられている1枚の写真は、青木さんが初めて購入したものだそう。
「賃貸暮らしの時にこの写真に出会い、買って帰ってビニールクロスの壁にかけたら、それだけで部屋の雰囲気ががらっと変わったんです。それ以来、アートにはまっていきました」。
現在、土間の壁にかけられたその作品のまわりは、平面なのに奥行きと広がりを感じさせる。そんなアートの力があちらこちらで発揮されるように、余白が大切にデザインされている。
「アートを飾ることは、窓をそこにつけるようなものだと思っています。その1点があることによって、狭い空間でも広がりが感じられる。機能的に設計しつつ、いかに余白を残して楽しめるか。デザインもそこにこだわっていきたいですね」。