選び抜いた異素材が融合整いすぎないから心地いい
建築家の自邸リノベーション
家具のようなキッチンを仕切りに
春には桜が咲き乱れる、都心の川沿いの当時築30年程のマンション。店舗ビルの設計などで注目される建築家の橋村雄一さんは、69㎡の一室を購入、自邸としてリノベーションした。
「全体的にひとつのコンセプトを貫くことを、あえて避けているところがあって。このプロジェクトはこれがやりたかった、とひと言で言えない曖昧さみたいなものを残しているんです。この家も、初めからスタイルを決めていたわけではないですね」。
玄関からキッチンへと連続する収納スペースの脇を通って、明るく開けたLDKへ。仕切りがほとんどない空間には、実面積以上の広がりが感じられる。
「壁をあまり作らないようにしたいと思ったので、その代わりに収納やキッチンをひとつの大きな家具に見立て、仕切りの役割を持たせました。天井まで塞がず隙間を設けているのも、広さが感じられる要因です」。
少しだけ崩してみる
コンセプトに縛られず、ひとつひとつ素材を選択しながら計画。白塗装の天井と柱はややグレートーンにすることで、コンクリート現しの梁とのコントラストを軽減。シナ合板の造作家具にもグレー塗装を施して、全体をなじませている。床にはグレーをセレクト。
「壁や家具に合板を使うとき、床をフローリングにすると色味がちょっと近くなりすぎるなと思いました。床は完全に切り分けてすっきりさせたかったので、色味も素材感も違うリノリウムを敷きました」。
天然の樹脂、リノリウムを玄関から敷き詰めて、LDKの一部まで。リビングダイニングの中央のみ、フローリングが敷かれている。
「木目の部分はリノリウムの床に敷いたカーペットのイメージで、通路と滞在するエリアを分けています。ヘリンボーン用の細くて短い無垢のオーク材をあえて縦に並べたのも、見慣れた素材に普通とは違う印象を与えたかったから。目が強いオークを細切れにしてバラバラに張ることで、違うテクスチャーが感じられるんです」。
リノリウムのプレーンな素材感に、オークの床が細かい粒子となって、空間にリズムを生む。そんな仕掛けは、左右非対称の出窓と、斜めに配置されたダイニングテーブルなどにも。
「もともとあった出窓を、シナ合板で囲って箱のようにはめたのですが、片側だけ斜めにデザインして形を変えてみました。ダイニングテーブルもわざと斜めに置くことで、シンメトリーを崩しています」。
造作した本棚も棚板の奥行きが違い、下に行くほど広くなる設計に。
「全体が一直線に並んでいると、整いすぎている感じがして、特に住宅では落ち着かないんです。バランスが難しいのですが、少し外してみることで、面白さが生まれてきます」。
空間に広がりを与える工夫
将来は子ども部屋となるLDKの奥の個室にも、現在扉は設けず、必要なときはカーテンで目隠し。LDKは造作のソファを挟んで、ダイニングとリビングエリアに分けられる。
「決して広い空間ではないので、ローテーブルを置きたくなかったんです。そこで、テーブルの役割も果たすソファを造作しました」。
ソファ背面に棚を設け、天板の上がテーブル代わりになるように。
「圧迫感が出ないよう、ダイニングに座ったときにちょうどよい高さを考えました。ほどよい仕切りとなっています」。
LDKに家具を置いたように、オープンに存在しているのがキッチン。腰壁の立ち上がりを高くすることで、作業中の手元が隠れるようにしている。
「通常のオープンキッチンはワークトップとつながっていて、すべて見えてしまいがちなので、シンク上の洗剤などが見えないように設計しました。冷蔵庫もリビングから見えないように横向きに配置しています」。
冷蔵庫の搬入スペースだけを確保し、“ギリギリに攻めた” L字型のキッチンは、コックピットのようにコンパクト。動線が考えられ、作業効率も高い。
アイコニックな作品を避ける
天井にはダウンライトなどの照明器具もほとんどなく、すっきりとして余白が感じられる。フロアスタンドなど、1点1点選んだ照明器具が、夜には幻想的に室内を照らす。
「建築家という職業柄、家具や照明器具は著名デザイナーによる名作を所有したくなるのですが、そればかりになることは避けているところはありますね。価値が定まった名作の安定感も取り入れつつ、それ以外のものも試してみたいんです」。
という橋村さん。天板に味わいが感じられるダイニングテーブルも、ベトナムから個人輸入したものだそうだ。友人のアーティストの作品や、グラフィックデザイナーである奈央さんが選んだ雑貨などが映える。
「部屋としてはかなりシンプルで、そこにテイストも色味も様々なものを置いて行く感じです。生活感を隠すことも大事ですが、やりすぎても冷たい感じになる。あくまでも家なので、見せるところは見せる。そこの度合いが重要なところですね」。
整いすぎない、日常に溶け込む美しさ。デザイン性を極めながらも、家族それぞれが自由な時間を過ごせる、のびやかな空間がある。