
建築家夫妻のモノトーン空間余白が生み出す
美しい暮らしの風景
ノイズを削ぎ落とし、見せたいものを際立たせる
デザイン事務所『STUDIO ALUC』を主宰する亀田潤さんと佐々木洸奈さんが1歳の長男とともに暮らすのは、どこかのどかな風景が残る、東京の人気エリアに建つマンションの1室。
「当時築4〜5年の物件を購入して、2019年末のコロナ直前にリノベーションを完了しました。築浅だったのでバスルームや洗面、トイレは既存を活用してコストを浮かし、その分デザインにこだわって仕上げました」
扉を開けると、そこには美術館のような静謐な世界が広がっていた。
「ふたりで長年勤めた『トネリコ』から独立し、デザイン事務所をスタートさせるにあたり、自分たちの作品として完成させ発信したいという思いがありました。デザインのベースには、私たちが大切にしている“空間を整理し、ノイズを削ぎ落とす”という考え方があります」
60㎡の3LDKを1LDKに。モノトーンに包まれた広々としたLDKに、シアーなカーテンを通して柔らかな光が差し込む。
「日常生活の中で、目に映る景色がささやかでも美しいものであってほしい、と思っています。空間のノイズとなる日用品は、できる限り“仕舞う”ことを心掛けています。そのために、収納力を高めることや、使い勝手のよい設計も大切に考えています」

床には600mm×600mmの大きめのタイルを。目地はなるべく細く仕上げた。床暖房により蓄熱されて温かい。リノベーションは『STUDIO ALUC』が担当。

窓際の自然光が際立つよう、空間全体をグレーで統一。陰影のバランスにこだわった。

リビングには「床の間」として楽しめるスペースを設けた。将来的に部屋数を増やしたいときは、左の壁のラインに合わせて間仕切り壁を設置することも可能。カーテンの引き分かれ、間接照明の分割も可能になっている。

『STUDIO ALUC』佐々木洸奈さん。熱海や京都のデザインホテルの設計などに携わる。
ラインを整理して視界に抜けを
ベッドルームは残し、他の個室の壁は取り払い、キッチンやトイレの位置を変更。キッチンからリビングダイニングまで視界が抜けることで、開放感と奥行き感が感じられる。
「既存の空間が凸凹としていたので、なるべくラインがきれいに揃うように、整理整頓を考えました。例えば、ソファの高さとキッチンの高さを揃えたり、窓の開口と梁が揃うよう垂れ壁を設けて間接照明を施したり、エアコンを隠したり。ラインを意識しノイズレスに仕上げることで、視線が奥まですうっと通ってきます」
グレーのタイルが一面に敷かれたリビングダイニングには、端から端までダイナミックに造作されたソファと、大きな正方形のテーブルのみ。
「自邸であるこの住宅では、ダイニングチェアを置かずに、ソファに座って過ごしたいと考えていました。そこで、実験的にソファの座の固さを変え、リビング側ではリラックスして過ごすためにやわらかく沈み込むように、ダイニング側では食事のシーンにも適するよう、少し固めに設定しました。クライアントさんには、打ち合せのため実際にお越しいただくこともあり、ショールームとしても機能しています」
シートの高さを低めに設定し、重心を落とすことでゆったり座れるようにしつつ、同時に天井が高く感じられるように。家具はあえて最小限に抑えて、大きなテーブルをひとつだけ。要素を削ぎ落とすことで、空間の中で際立たせたいものが、より鮮明に浮かび上がる。

窓側の梁をふかし、カーテンレールを隠しながら間接照明を設置。オリジナルでデザインしたソファは380mmの低めのシートハイ。奥行きは600mmで深く腰かけられる。背もたれを外すとシングルベッドにも。

空間全体にラインの整合性を意識。エアコンは幕板でカバーされている。

壊せないパイプスペースは、キッチンとダイニングを間仕切る壁として効果的にデザイン。

キッチンからLDKまで一直線につながっている。

ソファのシートハイに合わせたテーブルは1700mm×1500mmのビッグサイズ。食卓としてだけでなく、仕事や家事などにも広々と使うことができ、家族が過ごすコアとなっている。

ステンレスのキッチンはサンワカンパニーの「グラッド45」。すっきりした直線的なデザインが空間とリンクし、まるで造作キッチンのよう。
既存の壁をアートに見立てて
「テラス側の窓からキッチンへと続く壁を解体したときに、既存のモルタルの壁が現れたんです。それがまるで抽象的な絵画のようだったので、これをアートに見立てて、際立たせようと考えました」
9mに渡る長い壁を、リビング・ダイニング・キッチンまで連続させ、空間の見せ場に。
「一部、糊の跡の汚れが気になる箇所は、パテに墨を混ぜ、左官でラフに塗りました。キッチン側は水ハネなどを考慮して、ウレタンクリアを塗装しているので、また少し違う表情に見えます」
現しに手を加えた壁は、上からの間接照明に浮き出されるとまるで水墨画のよう。
「空間をノイズレスに抑えたことで、人の視線が自然とそこへ向かいます。パテのラフな幾何学的模様も面白くて。これがなかったら、かちっとした設計で少し息苦しくなっていたかもしれませんね」
リビングにはもう1カ所、浮き上がって見える印象的な場所がある。それは、床板の上に白い花器が置かれた「床の間」。
「暮らしの中で、住宅としての機能を満たすだけでなく、日常の中のきれいな景色や、四季の移ろいを感じられる余白がほしいと思い、現代的に解釈をした床の間を設けました」
全体をマットなグレーの塗装で統一する中で、ここだけは艶のある白い塗装にし、対比させて際立たせている。季節ごとにしつらえを変え、暮らしの中で小さな変化を楽しむ…。空間の余白が、暮らしの中に豊かさをもたらしている。

既存の壁面を絵画のように活かした。あえて職人さんの手仕事感が残るラフな仕上げに。

キッチンまでつながる既存の壁面。こちら側はウレタン塗装で、使い勝手を考えつつ違う表情に。ステンレスキッチンとも調和している。

9mの壁に連なり、圧巻。垂れ壁の懐に施されたライン照明が、効果的に照らし出す。

モノトーン空間の中に、白く浮き上がる「床の間」。夜は間接照明で幻想的な雰囲気に。床板はMDFに白いピアノ塗装をして造作。白い花器は信楽の陶芸家・大谷哲也さんの作品。
光と影が織り成す、静謐な空間
半地下のような1階の住まいは、自然光の入り方が限られてしまう。そこで、室内をグレーに統一し、あえて暗さを残すことで光との対比を活かし、空間の陰影を際立たせた。
「もともと日本の古い民家は天井が低く、室内も決して明るいわけではなかったと思うのです。でも、その陰影の美しさには独特の心地よさがあります。“陰影礼賛”の思想に通じるものを、この住まいでも表現できたらと考えました」
一方で、「床の間」のあるスペースは将来、子ども部屋としても使えるよう、予め分割できる仕様に設計されている。現在は、広々としたLDKに大きな黒いテーブルをひとつだけ置き、家族が食事を囲んだり、それぞれが作業をしたりと、大テーブルをコアにした暮らしが営まれている。
「夫と私のふたりがやりたいことを実現した空間です。子どもが増えましたが、収納をしっかりと確保しているので、あまり崩れることはありません。ノイズのない安らぐことのできる空間になったと思います」

グレーのタイルに反射する光が、美しい陰影のグラデーションを生み出す。

ソファ下はすべて収納になっている。

シームレスな扉の奥にストレージがある。

iittalaのガラスの鳩がやさしく光を反射。

オリジナルデザインのCoucou Stool。鳥のような形からネーミング。スツールにも踏み台にも、小物置き場にも自由に使える。

垂れ壁の間接照明には、乳半アクリルの蓋を取り付け、LEDライン照明の光源が見えないよう設計。

コンセントは通常、家具に使われる家具コンを使用。なるべく下の位置に配置し、目立たないようにした。
