生活インフラを家具に集約新旧が混じり合う大空間に
光と風が通り抜ける
変形した形状を活かして
昔ながらの商店にモダンなカフェやベーカリー。新旧が入り交じり合う都心の人気エリアに、建築家・小野寺匠吾さんと、国際薬膳師として活動する妻の有田千幸さんは当時築40年ほどのマンションの1室を購入。
「駅前が元気で面白い店がたくさんある、いい街だなと思いました。角部屋のこの部屋は変形した形状で設計としてはつくりづらいのですが、南北に両面採光があり、光と風がよく通るのが気に入りました」
もともと探していたのは、広々としたワンルーム。3LDKの70㎡をフルスケルトンにして、採光を最大限に活かした大空間にすることから始まった。
「6年前の当時はまだ子どももいなかったし、よく家に友人を呼ぶライフスタイルには、ワンルームが最適だったんです。ただ、水廻りなどを設ける為にはどうしても壁をつくらなければならない。それを何とか避けるため、家具で緩やかに分節することを考えました」
生活拠点として家具をデザイン
明るく開放的なLDKに、幅6.4mのワイドなストレージ。家具のように空間に置かれた収納が、LDKと水廻り、ベッドルームなど生活インフラを分けている。
「壁のように天井まで塞がず、あえて梁下を3cm空けました。天井が向こうまで抜けて見えることで広がりを感じさせ、圧迫感が和らげられるんです」
取っ手のない扉の中は、それぞれ本棚、ストレージ、カップボード、パントリー、クローゼットなど。全て収めるものから考えて設計しているため、奥行きが違っている。
「パントリーはいちばん深く、冷蔵庫など生活感の出るものを隠せるようにしています。人を呼んだとき、妻がパントリーに入っていくのを見て、みんなびっくりしていますね(笑)」
このストレージの向こうに、小上がりにしたベッドルーム、バスルームが。生活に必要なほぼすべてのものを、巨大な家具に詰め込んだかのようだ。
「家具として考えているので、表面の素材も木目がきれいなメープルのロータリー材を使い、両側の窓から入る光が反射するように、鏡面仕上げにしています。光だけでなく、暮らしや空気もこの面に反射して風景となってくれます」
ストレージは土間の玄関まで連なっていて、こちら側は鏡面加工のないマットな面材に。スペースの制約を受ける中で考案されたシューズクロークが、見た目にも美しい。
人が集うダイニングキッチン
テラゾータイルが全面に敷き詰められたLDKは、千幸さんが薬膳のワークショップを開く場所でもある。キッチンとダイニングが一体となった大きなテーブルは、大人数で取り囲むことが可能。
「大きいテーブルがほしいと思っていました。コスト的なことも考慮して、1.6m×2.5mのテーブルにキッチンを合体させ、モルタルで造作しています。天板の中に太い梁を入れて、脚があまり目立たないようにデザインして、すっきりと見せています」
天板はキッチン側とダイニング側で段差を設けず、フラットに設計した。低めなので、空間の中で圧迫感を感じさせない。
「私が提案したのがパーティーシンクです。海外に長く住んでいたのですが、向こうのキッチンには必ずあり、ワインを冷やしたり、洗ったものを乾燥させたりするのに便利なんです」
というのは千幸さん。長い時間を過ごすキッチンは、背面カウンターを設置したりタオル掛けを取り付けたりするなど、作業効率も考慮されている。メインの冷蔵庫はストレージに収め、サブの冷蔵庫やレンジをテーブル下に配置することで生活感もカット。
「対面式なので、最初はゲストも緊張しているようなのですが、途中からみんな打ち解けて自由になってきて。ワークショップをやったりするときは本当にいい感じになりますね」
ふたりの活動の発信拠点に
「最初にスケルトンにした時、壁が思ったよりも汚かったんです。一部は塗装したのですが、新しい白い床と古い壁が出合うところがポイントなので、あまり触らない方がいいかなと」
上から塗った部分も、下地が薄く残る程度にして、壁全体にカーテンレールを設け、窓枠だけでなく全体を覆ってカバーした。
「古い梁と新しい家具が出合うところや、グリッドを意識した素材の配置など、ちょっとしたルールや工夫の積み重ねが、空間全体の緊張感をつくっていると思います」
新旧が交差する街の空気が、白いシアーなカーテンを通して、洗練された空間を通り抜ける。「天気のよい日は外の活気も伝わってくるし、雨の日は雨の日の美しさがあります。平日の昼間はほぼキッチンにいるのですが、この時間がとても好きですね」(千幸さん)
現在、居住空間は別の場所に移し、ここは小野寺さんと千幸さんの活動の場として使用。仕事関係のゲストを呼んで食事をしつつ、小野寺さんの手によるアートも鑑賞してもらう。
「大学の課題で描いた作品だったり、旅先の地図やパンフレットをコラージュしたものだったり。僕にとっては建築もアートも同じ創作活動なんです。ここは自分の作品を見てもらう場ともなっています」
すべてに意味が込められたアートギャラリーのような空間から、新たな作品が生まれていく。