建築家夫妻の自由な挑戦住まい手によって
姿を変える部屋の形
躯体のラフさを楽しむ
夫婦そろって建築設計の仕事をする原﨑寛明さんと星野千絵さん。2人が昨年8月から暮らしているのは、川崎市中原区・武蔵新城駅近くに建つ賃貸マンションだ。「オーナーの石井さんが新しい試みとして、リノベーションの内容を借り主と打ち合わせしてから工事を行う部屋として募集を出していたんです。街づくりや不動産の企画・プロデュースをしている株式会社NENGOさんの『仕立てる賃貸』という仕組みです。『すてきな部屋にしてくれるなら自由に提案していいよ』と言ってくださったので、2人でアイデアを出し合って部屋を生まれ変わらせることに決めました」(原﨑さん)。
物件は築30年ほどで延床面積は36.5㎡。以前の間取りは、玄関を入るとダイニングキッチンがあり、その奥に洋室と和室の2部屋がある振り分けタイプだった。「窓からの光と風を住戸内に行き渡らせ、今の暮らしに合うのびのびしたプランにしたい」と考えた夫妻は、まず部屋の間仕切りをなくしてひと続きの大空間を確保。壁材は剥がして躯体現しとし、床もフローリングを張らずにモルタルの土間とした。「壁や床をつくると何センチかずつ部屋が狭くなってしまう。思い切って躯体むき出しのラフさを楽しむことにしました。隠蔽部分がほとんどないので、建築のつくられ方が目で見てわかる気持ちよさもあります」と2人は振り返る。
空間を自在に演出する木製ユニット
個室をなくしたこの住まいで、食事をする所、くつろぐ所、寝る所、洗面スペースなどを分けているのは、45個の木製ユニットだ。お2人が考案したもので、84cm四方の正方形にH型の足がついた形状。床に敷けば小上がり、立てて置けば棚としての役割も備えた壁になる。「並べ方によって、小上がりの大きさや場所を変えたり、壁や棚を増やしたり、部屋を何通りにも使えます」と話すお2人。実際に目の前で床を動かして部屋の模様替えをしてくれたが、その手軽さには驚かされた。
素材は下地材として使われる2×4材と合板で、頑丈さとコスト削減を両立した。「汚れ防止として塗料を塗っています。合板は木目がはっきりして木の存在感が出過ぎると全体の中で少し浮いてしまいそうだったので、半透明白の塗料を選びました。主張しすぎないやさしい表情に仕上がって満足しています」(原﨑さん)。
素のままの天井
お2人が木製ユニットと同じくらいこだわったのが、天井の仕上げ。ラフに仕上げた床や壁に合わせ、塗り壁の下地材として使う石膏ボードを張り、素のまま見せている。「ポコポコと穴が空いた表情が、空間に立体感を与えてくれます」(星野さん)。
その天井を彩る照明は、コードに何個もの電球がついたユニークなもの。こちらもお2人のアイデアが詰まったオリジナルだ。「実はこれは、野菜や花の電照栽培用のもの。部屋の照明として使ったら面白いかもと閃き、メーカーに特注して作ってもらいました」(原﨑さん)。屋外用なので丈夫で、コストも抑えられるそうだ。
自分たちの暮らしを満喫
自由なアイデアと斬新な挑戦をふんだんに散りばめた住まいづくりを行ったお2人。この部屋に暮らし始めて1年が経つが、限られた空間ながらも自由で自分たちらしい暮らしを満喫していると話す。「小上がりや仕切りがあることによって、食事、テレビを見てリラックス、仕事、睡眠といった生活のシーンが自然と切り替わります」(星野さん)。
また夫妻は、この部屋を一つのモデルケースとして、マンションライフの可能性を広げて行きたいと話す。「賃貸マンションでは、住まい手が部屋の形に関わることがほとんどできないのですが、その断絶がもったいないと思うんです。建築には、働く場所、みんなで集まる場所、お店のための場所などさまざまなジャンルがありますが、特に住宅という生活の場では、住む人と部屋が互いに創造的でいられる関係をつくっていきたいですね」と力強く話すお2人。きっとこの部屋は、建築家夫妻の新たなアイデアの源となっていくのだろう。