高台の眺望を活かして 32㎡に広がりを生み出す 建築家夫妻のアイデア

高台の眺望を楽しむ暮らし32㎡に広がりを生み出す
建築家夫妻のアイデア

視界が抜けるワンルームに

都心に近い、のどかな住宅街の高台に建つ築50年程の団地。コロナ禍の2年前、建築事務所を二人で営む小滝さんご夫妻は、ネットサイトを見てピンとくる物件に出会った。
「3面採光、正方形に近い縦横比、写真も載っていないリノベーション前の状態、西新宿が一望できるロケーションなど、ネットの情報を見ただけで可能性を感じました」。
実際に内見したところ、想像通りだった。
「眺望の魅力に誰も気づいていないのか、磨りガラスで視界が塞がれていました。これは手をかけたらかなりいい物件になるんじゃないかと。この部屋の魅力を引き出してみたいと思いましたね」。
2Kだった間取りを、構造壁だけ残して取り壊し、スケルトンにしてスタート。仕切りを設けずワンルームとして使うことに。
「この面積で何ができるか色々と検討した結果、ワンルームに落ち着きました。壁を設けなくても必要なときはカーテンで仕切ればいいし、できるだけ空間を塞がず、広がりを感じられるようにとプランを立てました」。
家中を風と光が流れる。白い空間にグリーンも映える。

家中を風と光が流れる。白い空間にグリーンも映える。

壊せない構造壁には扉を設けず、緩やかな仕切りに。窓の向こうには都心の景色が広がり、夜はライトアップが楽しめる。

壊せない構造壁には扉を設けず、緩やかな仕切りに。窓の向こうには都心の景色が広がり、夜はライトアップが楽しめる。

生活インフラを箱に見立てる

3方向の窓から風が吹き抜ける、心地よい空間は、天井も高く開放感に溢れている。
「昔の畳の暮らしなら天井が低くてもいいけれど、イスの暮らしをするには天井高が欲しいです。もともとは2.2mだったのを、2.7〜2.8mにすることができました」。
通常、床下にある配管を水まわりの下だけにうまく集合させることで、床のレベルを極力下げた。天井も取り壊して配管のあるところはそのままむき出しに。これで上下の高さを確保。
「バスルームやトイレも個室として仕切るという考え方ではないです。必要なスペースが、空間の中に箱として置かれているイメージです」。
水まわりの配管を隠した覆いの高さに合わせて、脚が付けられたバスルームは、まるで移動可能なボックスのよう。吸湿効果のある木毛セメント板がまわりに貼られアクセントになっている。
「トイレまわりもこれに合わせようかと考えたのですが、窓があるため光を通したいと思い、ポリカーボネイトを採用しました」。
室内まで光を届けるトイレの扉と並んで、洗濯機、冷蔵庫もポリカーボネイトを使って扉にした箱の中に。
「狭い空間の中では存在感が出てしまう冷蔵庫も、これでカバーすることができました」。
天井を壊したら玄関が箱のような形で出現。その面白さを逆に活かした。ドアは色々なカラーを考えた結果、ソフトなピンク色に落ち着いた。ダイニングテーブルのイスは、セブンチェアや、ボーエ・モーエンセンのシェーカーチェアなど

天井を壊したら玄関が箱のような形で出現。その面白さを逆に活かした。ドアは色々なカラーを考えた結果、ソフトなピンク色に落ち着いた。ダイニングテーブルのイスは、セブンチェアや、ボーエ・モーエンセンのシェーカーチェアなど

ポリカーボネイトを扉の素材に。奥が窓のあるトイレ、手前に洗濯機、冷蔵庫を収めている。

ポリカーボネイトを扉の素材に。奥が窓のあるトイレ、手前に洗濯機、冷蔵庫を収めている。

扉内に収めることで、大きくて圧迫感のある冷蔵庫の存在をカバー。

扉内に収めることで、大きくて圧迫感のある冷蔵庫の存在をカバー。

バスルーム下には脚が付けられている。木毛セメント板は、ヨーロッパでは昔から吸音材として使われている不燃素材。

バスルーム下には脚が付けられている。木毛セメント板は、ヨーロッパでは昔から吸音材として使われている不燃素材。

カーテンで玄関を覆うと吸音効果も。洗面台側まで続けてかけられる仕組みになっている。

カーテンで玄関を覆うと吸音効果も。洗面台側まで続けてかけられる仕組みになっている。

キッチンを家具として考える

ワンルームの中にオープンに設けられたキッチンにも、新しい概念が取り入れられている。
「キッチンは家の中心であって特殊な存在感を持つものですが、私達は家具のひとつと捉え、インテリアになるキッチンを考えました」。
小滝さん夫妻がデザインしてオーダーした造作キッチンは、「キッチン空間アイデアコンテスト」で最優秀賞を受賞。“色々な工夫が施された柔軟なキッチン”が、受賞の理由だ。例えば、キッチン台の一部はキャスター付きのワゴンになっていて移動が可能。中には収納スペースがあり、そのまま炊飯器でご飯も炊ける。
「ふたりで調理するときは動かして調理台にすることもできます。ダイニングテーブルも大人数に対応できるよう、エクステンションできる天板と脚を揃えました」。
必要なときに都合に合わせて変えられる可変性が、狭小空間を最大限に活かしてくれる。
ワゴンを動かして二人で調理。

ワゴンを動かして二人で調理。

白い空間に溶け込むシンプルなキッチン。既製品の天板を使い、収納部分のみを造作した。壁側下にまとめた配管の覆いの高さに合わせて脚を取り付けている。

白い空間に溶け込むシンプルなキッチン。既製品の天板を使い、収納部分のみを造作した。壁側下にまとめた配管の覆いの高さに合わせて脚を取り付けている。

作業台としても使えるワゴン。内部にはキッチン用品、保存食品などを収納できる。

作業台としても使えるワゴン。内部にはキッチン用品、保存食品などを収納できる。

開口にはインナーサッシを取り付けて、二重窓に。温かみを添える木の窓枠を利用して、見せる棚を造作。

開口にはインナーサッシを取り付けて、二重窓に。温かみを添える木の窓枠を利用して、見せる棚を造作。

明るく風通しのよい室内は、グリーンもよく育つ。磨りガラスをクリアなガラスに変更して、外の景色が楽しめるようにした。

明るく風通しのよい室内は、グリーンもよく育つ。磨りガラスをクリアなガラスに変更して、外の景色が楽しめるようにした。

一室を多機能に使い回す

構造壁で緩く分けられたスペースは、リビングでありベッドルームであり、ワークスペース。バスルームやキッチンの脚の高さと揃えたクローゼットが、夫婦それぞれのワークスペースの仕切りにもなっている。
「リビングとして使用するときは、ベッドを重ねてソファにしていて、寝るときは2台横に並べてベッドルームにしています」。
IKEAのスタッキングできるベッドが2役こなして、空間を活用。造作のベッドヘッドも、キャスターで引き出せばサイドテーブルとしても役立ってくれる。
「色んなアイデアを取り入れたことで、狭さを感じずに過ごすことができています」。
窓の向こうには新宿のビル群の景色が広がり、近隣のグリーンも癒しの借景に。開け放した窓からは、やさしい風が家中を吹き抜ける。
「自然の風ってこんなに心地いいのだと知りました。ベランダガーデニングも少しずつ進めていて、暮らしの楽しみが増えましたね」。
閉じられていた団地の一室が外に向かって開かれ、様々な可能性を引き出した。
3通りに使っているスペース。脚付きのクローゼットの下にはルンバステーションが。ルンバは家中を通り抜けられるので、掃除も楽々。

3通りに使っているスペース。脚付きのクローゼットの下にはルンバステーションが。ルンバは家中を通り抜けられるので、掃除も楽々。

ベッドを重ねてリビングとして使用。

ベッドを重ねてリビングとして使用。

ベッドを並べてベッドルームに。

ベッドを並べてベッドルームに。

セパレートになっていて移動させられるベッドヘッド。中は収納に。

セパレートになっていて移動させられるベッドヘッド。中は収納に。

ベランダではグリーンを育てている。DIYでテーブルも設けた。

ベランダではグリーンを育てている。DIYでテーブルも設けた。

妻・万葉さんのワークスペース。オープンシェルフを取り付けた。

妻・万葉さんのワークスペース。オープンシェルフを取り付けた。

夫・健司さんのワークスペース。有孔ボードを活用。

夫・健司さんのワークスペース。有孔ボードを活用。

小滝健司さんと高藤万葉さん。「TOASt一級建築士事務所」主宰。普段は向ヶ丘遊園にあるオフィスで活動。

小滝健司さんと高藤万葉さん。「TOASt一級建築士事務所」主宰。普段は向ヶ丘遊園にあるオフィスで活動。

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