
物語が生まれる家クローゼットを家の中心に。
回遊する暮らし、育つ住まい
変化に応える設計の発想
坂口 佳さんは建築会社に勤務しながら、神奈川県内の1972年築、77㎡の集合住宅の自宅リノベーションを、自身の設計事務所『マッターホルン アーキテクツ』 の活動の一環として手がけた。
坂口さんは妻の汐莉さんと、1歳4か月の娘・陽南ちゃんの3人家族。自らが設計する住まいだからこそ、家族の未来を丁寧に想像しながら設計が進められた。
「子どもが成長するにつれて、住まいの使い方は変化していくはずです。個室を並べるだけでなく、その時々の暮らし方に合わせて空間が柔軟に変化していくような設計を目指しました。
そこで辿り着いたのが、“クローゼット”を家の核心に据えるというアイデアです。お気に入りの服や子どもの遊び道具のそばに、それぞれのための小さな居場所をつくる。そのひとつひとつをゆるやかにつなぎ合わせることで、家全体が息づいているように感じられる住まいを目指しました」
こうして誕生したのが、回遊できる通路そのものがクローゼットを兼ねるという、ユニークな家だ。各空間には絶妙な位置に窓が設けられ、家族の気配がやわらかく伝わってくる。
「家族がちょうどいい距離感で過ごせる家になったと思います」

小窓を通して、家族の気配が感じられる。

通路とダイニング兼仕事場の大きなデスクを結ぶ窓。

家族の居場所をつなぐ正方形の小窓。

クローゼットの延長である通路の幅はたっぷり1500mm。クローゼットが居場所になった。

通路がリビング空間を拡張する。陽南ちゃんのためのオモチャのキッチンをもうすぐ通路に作る予定だそう。ソファは以前の家で使っていたモモナチュラルのもの。

対面キッチンからリビングを見渡せる。

テラスに面した明るいキッチンは収納もたっぷり。
木部と躯体現しエリアの対比
一方、大きなダイニングテーブルが据えられたスペースは、コンクリートの躯体にシルバー塗装を施し、床はクールなセメント系の素材を採用。まるで屋外にいるような雰囲気を感じさせる。仕事場であり、打ち合わせスペースであり、家族の食卓にも、友人たちとの賑やかな集まりにも、シーンを選ばず活躍する多目的な場として機能している。
まったく異なる表情を持つ空間が、小窓を通してゆるやかに呼応し合っているのも、この家ならではの魅力だ。
「壁や天井の塗装など、手が届く部分はDIYしましたが、構造的な施工は信頼できる工務店に依頼しました。ラワン合板は本来、板ごとに色のばらつきが出やすい素材ですが、クローゼット側は色味を丁寧に揃えながら貼り進めてくださいました。職人さんのこだわりが、空間の完成度を一段と高めてくれています」

1000×2800mmの大型のテーブルはDIY。建築設計の際に使われるA4サイズのガラスサンプルを集め、天板を製作。

壁一面の本棚も、壁のペイントもDIY。

窓際に小上がりを作った。「ベッドを買ってきて、畳を乗せて作りました」

回遊が楽しい家。左側のオープンクローゼットの先が玄関。右側の扉の向こうに寝室。正方形の小窓から洗面スペースが見える。
暮らしの余白が家族の物語をつむぐ
洗面台は玄関から続く通路の途中に設けた。
「ただの通り道にはしたくなかったので、洗面台や身支度スペースなど、通路にさまざまな機能を持たせました。
生活感を極力排したミニマルな家づくりが注目される時代ですが、自分はむしろその流れに逆らいたかった(笑)。家は毎日を生きる場所。だからこそ、暮らしの気配がにじむクローゼットを、堂々と家の真ん中に置きたかったんです」
ピアノが置かれた一角、窓辺に設けられた小さな籠もり場所──少し視点を変えるだけで、あちらこちらに心地よい居場所が現れる。家族の成長とともに少しずつ変化しながら、よりよい姿へと育っていく。そんな豊かな余白を秘めた家が誕生した。

通路に溶け込む洗面スペース。帰宅動線上に自然と組み込まれている。

空間を仕切らず、廊下の一角に洗面スペースを設置。








