建築家のSen Kagetsuさん。自身のインスタグラムでは建築やデザインを日々の目線で発信している。

建築デザイナーの自邸リノベ広さの制約を創造で楽しむ
素材実験と可変間取り

引き戸の可変性で限られた面積を広く見せる

幼い頃から絵を描くことが好きで、建築に興味をもつようになったSen Kagetsu(銭嘉玥)さんは中国・上海出身。中国の同済大学で建築を学び、日本の東北大学大学院を経て設計事務所に就職。ホテルをはじめ公共性の高い建築物の設計・デザイン監修を手掛けている。
「会社で扱う案件はいずれも大規模で、スパンが長いものでした。キャリア3年目を迎え、ある程度自分自身に設計する力が付いたと感じ始めたころ、自分の家をリノベーションして、自分自身の『作品』にしたいと思うようになりました」と振り返る。
賃貸で暮らしていたエリアが気に入っていたこともあり、半年ほどかけて物件を探し、最終的に築10年・約39㎡の1LDKマンションを購入。
「自分でリノベーションする前提のため、予算と広さ以外は気にしませんでした。真ん中に柱があるのですが、間取りで何ができるかにチャレンジできると考えました。使用する部材も気になっていたものを採用してみることで、生活しながら使い勝手や経年変化を実験しています」。
例えば、キッチンに塗ったモールテックス。防水性に優れたベルギー生まれの左官材だ。
「私が採用した5年前は今ほど流行っていませんでした。水や油への耐性がどの程度あるのか、自分で使ってみることで実感でき、クライアントにも的確なアドバイスができます」
元の間取りは、壁や開きのドアでLD・キッチン・個室が分断されていた。Senさんはこれらをすべて撤去し、引き戸と壁面本棚で緩やかに仕切る設計に変更。リビングと寝室の間には2連の引き込み戸、そしてキッチンと寝室やダイニングの間にも引き戸を設け、すべてを開ければリビングダイニング・寝室・キッチン兼廊下が一体となる開放感が生まれ、閉めれば独立した空間が確保できる。39㎡という限られた面積を、「場面の切り替え」で広く使う仕組みにしている。
壁付けのキッチンはの面には本棚を設け通路兼ライブラリーに。

壁付けのキッチンはの面には本棚を設け通路兼ライブラリーに。

ラワン材で造作した本棚。下段にはゴミ箱置き場をジャストサイズで設けた。

ラワン材で造作した本棚。下段にはゴミ箱置き場をジャストサイズで設けた。

モールテックスを5年間使って経年変化を観察。クライアントへの案件に活かしている。

モールテックスを5年間使って経年変化を観察。クライアントへの案件に活かしている。

キッチン横は大型冷蔵庫用のスペースだったが、小さめの冷蔵庫を選択。上部に棚を設けて自身の暮らしと使い勝手に合うスタイルに

キッチン横は大型冷蔵庫用のスペースだったが、小さめの冷蔵庫を選択。上部に棚を設けて自身の暮らしと使い勝手に合うスタイルに

寝室とリビングの間の2連の引き戸を開けると、ゆったりとした大空間に。

寝室とリビングの間の2連の引き戸を開けると、ゆったりとした大空間に。

こだわりとコストとのバランスを両立

設計・デザインの仕事は、クライアントの要望や期待を上回るクリエイティブを提供することと同時に、提示された予算の範囲内で的確に配分し最大の効果を出すことが求められる。Senさんは、予算とクリエイティブの両立にも様々な工夫とアイデアを凝らした。
例えばダイニング兼ワークスペースは、高層に位置することから風景に向けてデスクを配置。ハンドメイドマーケットプレイス「minne(ミンネ)」で家具作りを趣味とする作家を探し出し、図面を渡して特注。ステンレスの天板やバーカウンター使いもできる横幅などこだわりが詰まっている。確立されたブランドだけでなく個人クリエイターの技術に目を向けることで、理想を低コストで形にしている。さらにデスク横はグリッドで組み合わせが効く無印良品の収納を活用。棚の高さとラインが揃うようにデスクの高さをオーダーした。
「外の景色を見ながら仕事をするという、これまで映画の中で憧れてきたシーンを、自宅で実現することができました」
キッチンは、壁の中に配管が密集している箇所のため、アイランドキッチン化は断念。
「外すと配管をすべてやり直すことになり、数百万円の差が出ます」と現実を直視し、既存設備を活かしながら使い勝手を磨く方針へ転換している。壁のタイルは通常剥がしてからシートを張ってモールテックスを塗るが、剥がさずに上に塗ることで厚みは出るが、タイルの解体費用を抑える手法を取った。
HAYのソファは皮を選んで特注。部屋の配置に合わせてサイズも決めてオーダーした。

HAYのソファは皮を選んで特注。部屋の配置に合わせてサイズも決めてオーダーした。

ブランケットと黒のクッションは南アフリカのブランドのもの。

ブランケットと黒のクッションは南アフリカのブランドのもの。

イタリアの建築家アッキーレ・カスティリオーニの代表作の1つ。1962年にデザインしたフロアライト。アクセントになるよう赤を選んだ。

イタリアの建築家アッキーレ・カスティリオーニの代表作の1つ。1962年にデザインしたフロアライト。アクセントになるよう赤を選んだ。

テーブルはタモ材でオーダー。縁に立ち上がりを付けているため、コップを倒しても床にこぼれない。

テーブルはタモ材でオーダー。縁に立ち上がりを付けているため、コップを倒しても床にこぼれない。

香りを楽しむことが好きで香木を常備。焚くと馥郁とした香りが部屋に漂う。

香りを楽しむことが好きで香木を常備。焚くと馥郁とした香りが部屋に漂う。

デスク横の収納棚には推しのアニメキャラのコーナーも。

デスク横の収納棚には推しのアニメキャラのコーナーも。

艶やかな床はクリ材。既存の床暖房を活かすため、幅の狭いフローリングにして熱で膨張しても支障がでないものにした。

艶やかな床はクリ材。既存の床暖房を活かすため、幅の狭いフローリングにして熱で膨張しても支障がでないものにした。

デスクの天板はステンレス。窓に向かって座っていると空を映す感じがいい。タフで作業台として使える点も気に入っている。

デスクの天板はステンレス。窓に向かって座っていると空を映す感じがいい。タフで作業台として使える点も気に入っている。

デスクチェアはジャン・プルーヴェがデザインしたヴィトラのフォトゥイユ ディレクション。

デスクチェアはジャン・プルーヴェがデザインしたヴィトラのフォトゥイユ ディレクション。

照明はアルテック。フロアスタンドにすることでデスクをより広く使える。

照明はアルテック。フロアスタンドにすることでデスクをより広く使える。

デスクは下部に行くほど細くなるテーパー脚をリクエストして、軽快な印象に。

デスクは下部に行くほど細くなるテーパー脚をリクエストして、軽快な印象に。

バング&オルフセンのポータブルスピーカー。仕事中は常に音楽をかけている。コンパクトだが重厚な音を楽しめる。

バング&オルフセンのポータブルスピーカー。仕事中は常に音楽をかけている。コンパクトだが重厚な音を楽しめる。

ナチュラルでワールドワイドな実験の場

「自分の家を設計・デザインして自分の作品に」と考えたSenさんが、この家の設計・デザインで大事にしたことの一つが、ナチュラルな質感、自然の手触りだった。床はクリ材を草木染のフローリングにして風合いを楽しみ、壁には実際の麻を織り込んだ壁紙、天井は壁紙をはがして土壁を思わせるザラッとした質感の左官を施した。職人の技でムラを出すことで表情を加えている。
空間に個性を与えているもう一つの要素が、国籍やジャンルを超えた「好き」の集積だ。デスク脇にはバナナのドライフラワーや南アフリカのイラストレーターの作品、本棚には、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの作品集から鹿島茂の評論や小説、アニメのグッズまでが並ぶ。リビングの壁にはドイツの写真家トーマス・デマンドの作品、カーテンはデニム生地でオーダーメイドしたものだ。豊かな感性を生かしたナチュラルでワールドワイドな空間。
「柔らかい雰囲気の中で、ちょっとギャルいものを入れる、そのコントラストが好きです」と語る。
Senさんの構想はリノベーションにとどまらない。将来の住み替え時には、家具をすべて残したまま引き渡す「デザイナーズマンション」として売却することも視野に入れ、次はもう少し広いマンションで思いを実現してみたいと語る。自身のインスタグラム@kagetsu_senでは建築やデザインを日々の目線で発信している。

麻の繊維を織り込んだ壁紙と漆喰の風合いを感じさせる天井が落ち着いた雰囲気を醸す。

麻の繊維を織り込んだ壁紙と漆喰の風合いを感じさせる天井が落ち着いた雰囲気を醸す。

リビングとベッドルームは引き戸でつながり、開ければ一体空間に。

リビングとベッドルームは引き戸でつながり、開ければ一体空間に。

引き戸を閉めれば、独立したベッドルームにもできる。

引き戸を閉めれば、独立したベッドルームにもできる。

キッチンとダイニングの間も引き戸の開け締めで空間を分けられる設計。

キッチンとダイニングの間も引き戸の開け締めで空間を分けられる設計。

ベッドはマスターウォール。寝室奥にクローゼットがあるが、日常着はベッドサイドのハンガーラックに。

ベッドはマスターウォール。寝室奥にクローゼットがあるが、日常着はベッドサイドのハンガーラックに。

ベッドの足元にはシャリ感のあるサイザル麻のラグを置いている。

ベッドの足元にはシャリ感のあるサイザル麻のラグを置いている。

麻の黒い粒や繊維が見える壁紙、土の質感を出した塗装などマテリアルにこだわり、一つひとつを選んでいった。

麻の黒い粒や繊維が見える壁紙、土の質感を出した塗装などマテリアルにこだわり、一つひとつを選んでいった。

玄関も既存のタイルの上にモールテックスを塗って、コストを抑えつつ統一感のあるデザインに。

玄関も既存のタイルの上にモールテックスを塗って、コストを抑えつつ統一感のあるデザインに。

テラス床は木粉と樹脂を混ぜ合わせた人工木。見た目に涼やかで水はけがよく、自動潅水にしているグリーンが生き生きとしている。

テラス床は木粉と樹脂を混ぜ合わせた人工木。見た目に涼やかで水はけがよく、自動潅水にしているグリーンが生き生きとしている。

Sen Kagetsuさんは現在SUPPOSE DESIGN OFFICEに勤務している。

Sen Kagetsuさんは現在SUPPOSE DESIGN OFFICEに勤務している。

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