アイアンバーが繋ぐ マルチユースなワンルーム

2軒めのリノベーション アイアンバーが繋ぐ
マルチユースなワンルーム

自邸を売却して2度目のリノベーション

一級建築士事務所HAMS and,Studioを主宰する伯耆原(ほうきばら)洋太さんが、妻の智世さんと2軒目の自宅リノベーションを行った。1軒目は、フルハイトカーテンと螺旋階段が印象的な“Wonder the one room”と名付けたワンルームに仕上げたが、完成の翌年に売却。そこで得た資金で行ったのが今回のリノベーション“Ring on the green”だった。「1軒目の完成後、私と妻がリモートワークになったのですが、2人が自宅で仕事をするのが難しくて。間仕切りを増やせば生活できたのですが、中途半端に手を加えるなら2軒目をやろうとなり新しい物件探しを始めました」と話す洋太さん。

夫妻共に大手ゼネコンに勤めていたが2軒目の完成とともに独立。自身が設計した現在の住まいは、住居としてだけでなくオフィスやスタジオなど、職場も取り込んだ伯耆原夫妻の活動空間になっている。

「入った時、何でお出迎えをするかを考えた」という伯耆原さんはホテルのレセプションを意識し、正面にキッチンを置いた。

「入った時、何でお出迎えをするかを考えた」という伯耆原さんはホテルのレセプションを意識し、正面にキッチンを置いた。

キッチン正面右側のリビング。左右を窓に挟まれたリビングの飛び出た部分は、掃き出し窓を設置することでインナーテラスに。

キッチン正面右側のリビング。左右を窓に挟まれたリビングの飛び出た部分は、掃き出し窓を設置することでインナーテラスに。

リビングの床を下げて高さを出した。家具も重心が低いものにすることで、その効果をより高めている。

リビングの床を下げて高さを出した。家具も重心が低いものにすることで、その効果をより高めている。

キッチンの裏に当たる部分にWICを兼ねたワークスペースを設けた。中にキッチンと繋がる扉があり、回遊できるようになっている。

キッチンの裏に当たる部分にWICを兼ねたワークスペースを設けた。中にキッチンと繋がる扉があり、回遊できるようになっている。

普段は智世さんが使っているが、リビングを外部に貸し出す際は、夫妻が籠って作業できるよう長めのテーブルを設置した。

普段は智世さんが使っているが、リビングを外部に貸し出す際は、夫妻が籠って作業できるよう長めのテーブルを設置した。

物件の特徴を殺さず最大限活かす工夫

購入したのは東京都内にある築30年ほどのマンション。物件選びでこだわったのは広さだった。前回は部分的なリノベーションだったが、今回初めてフルリノベーションに挑戦。90 m²の2LDKをワンルームにした今回の物件は自由度が高く自身の大きな経験になったという。
風呂場があった中央にオープンキッチンを置き、空間の抜けを作ったことで、ワンルームとしての広さを出すだけでなく、玄関を入って正面にあることで、視覚的な開放感を演出している。

最も目を惹くのが、空間全体を繋ぐ天井に吊るされたリング状のアイアンバー。2重構造で上下に照明が組み込まれており、シチュエーションによって使い分けることができる。「前回のリノベーションで収納棚のフレームとして使っていた鉄素材を天井にぶら下げたいと考えていました」。北側の書斎から奥のワークスペースまで伸びており、空間の連続性を生み出す。シャープさが際立つ鉄だが、同じ素材で作られた造作棚のフレームから始まり、空間全体へと湾曲し延びる姿は“ただ吊るされた”という静的なものではなく、循環する動的なもので柔らかな印象を与える。

広さに加えて、この物件の大きな特徴が窓の多さ。「3つの外壁に8つの窓があることで、充分な採光と風が通り抜けるのは魅力的でしたが、プライバシー確保の問題がありました」。都心の住宅街にある伯耆原邸では、自邸と近隣、互いの視線が交わらないようにする必要があった。そこで窓にインナーサッシを設け、アウターサッシとの間に植栽とブラインドを設置。さらにインナーサッシの手前には内壁を取り付け5重構造の窓にした。これにより、外からの視線を遮るだけでなく、断熱効果や奥行きを持たせる視覚的な効果、室内の一体感も生み出す。オフィスビルの外装に代表される、“ダブルスキン”の考え方が元になっており、大手ゼネコンに勤めていた経験を持つ伯耆原さんならではの工夫。

主に洋太さんが使う北側のアトリエ。ワークスペースと最も物理的に距離のある場所にあり、夫妻がそれぞれ集中して仕事ができるようにと設計した。

主に洋太さんが使う北側のアトリエ。ワークスペースと最も物理的に距離のある場所にあり、夫妻がそれぞれ集中して仕事ができるようにと設計した。

アトリエの造作棚からアイアンバーが延び、ワークスペースまで続く。テーブルは智世さんがデザインしたSponge Board Table。

アトリエの造作棚からアイアンバーが延び、ワークスペースまで続く。テーブルは智世さんがデザインしたSponge Board Table。

圧迫感のない5重のフィルターが、近隣と互いに干渉しない程よい外との繋がりを作る。

圧迫感のない5重のフィルターが、近隣と互いに干渉しない程よい外との繋がりを作る。

伯耆原さん自身がミリ単位で実測し、アイアンバーの位置などをディレクションした。

伯耆原さん自身がミリ単位で実測し、アイアンバーの位置などをディレクションした。

「アールが好き」と言う伯耆原さんの自邸には所々で曲面が見られる。違うマテリアルそれぞれがアールという統一した形を見せることで、空間に一体感を持たせる効果があると振り返る。

「アールが好き」と言う伯耆原さんの自邸には所々で曲面が見られる。違うマテリアルそれぞれがアールという統一した形を見せることで、空間に一体感を持たせる効果があると振り返る。

アイアンバーを手掛けた板金職人は伯耆原さんの高校の同級生。コードが見えない工夫など細かい所まで注文し議論し具現化していった。技術とこだわりが詰まっている。

アイアンバーを手掛けた板金職人は伯耆原さんの高校の同級生。コードが見えない工夫など細かい所まで注文し議論し具現化していった。技術とこだわりが詰まっている。

連続性のあるライフスタイルの実践

“住まい”や“職場”としてだけでなくマルチユースな空間を意識し設計された伯耆原邸は“ショールーム”としての役割も持つ。空間デザインとして自邸を見せることはもちろんだが、伯耆原さんがデザインした家具を見せる場でもある。友人の板金職人と立ち上げた“Ferrum+”は伯耆原さんがデザインした家具を形にするプロダクトライン。アールや視覚の抜けがあるフレームデザインが繊細さのある緊張感と軽さを持たせる。「前回のリノベーションで鉄フレームの造作棚を作った経験を活かしました。空間設計で重要な要素になる家具も自分で手掛けたいなと」。

伯耆原邸をSNSで見た複数の人から、リノベーション設計の依頼が来ている。「こういう家でこういう住まい方をしたいと言っていただきます。この人にお願いしたいということで来てくれることほど幸せなことはないですね」。
1軒目のリノベーション物件を売却し、新たなリノベーションを行った伯耆原夫妻。自身の行動や経験を次に繋げるライフスタイルは、まさに自邸の中心に置かれたアイアンバーがもつ連続性と循環の繋がりを感じさせる。社会の大きな変化によって影響を受けた生活環境に合わせ行った2度目のリノベーション。伯耆原夫妻によるライフスタイルと共に住まいを替える暮らしの実践はこれからも続く。

玄関。左側に脱衣所と風呂場に繋がる扉がある。

玄関。左側に脱衣所と風呂場に繋がる扉がある。

トイレ。「開けるという行為によって差し色が空間に入るようにしたかった」と伯耆原さん。ケーシングを目立たなくすることで、閉扉時は扉と壁が一体化している。

トイレ。「開けるという行為によって差し色が空間に入るようにしたかった」と伯耆原さん。ケーシングを目立たなくすることで、閉扉時は扉と壁が一体化している。

寝室とリビングは引き戸で区切ることができる。ハイドアなので開けると他の空間との仕切りがなくなり、リビングをより広く感じられる。

寝室とリビングは引き戸で区切ることができる。ハイドアなので開けると他の空間との仕切りがなくなり、リビングをより広く感じられる。

伯耆原さんがデザインした椅子。フレーム部分に抜けがあり鉄製ながら重々しさを感じさせない。

伯耆原さんがデザインした椅子。フレーム部分に抜けがあり鉄製ながら重々しさを感じさせない。

「リビング面積を最大化するため洗面台を風呂から切り離しました。座る場所にもなりますし、誰かがお風呂に入っているとか気にせず使えます」衛生的にも良くメリットしかないと伯耆原さん。

「リビング面積を最大化するため洗面台を風呂から切り離しました。座る場所にもなりますし、誰かがお風呂に入っているとか気にせず使えます」衛生的にも良くメリットしかないと伯耆原さん。

Ferrum+のタオルハンガー。壁との接地点が一箇所のため設置場所の自由度が高い。

Ferrum+のタオルハンガー。壁との接地点が一箇所のため設置場所の自由度が高い。

左官仕上げのようにも見える壁はベースとなるEP塗装をした後、別の塗料を塗り重ね仕上げた。窓から入る光の角度によって変化が楽しめ飽きない。

左官仕上げのようにも見える壁はベースとなるEP塗装をした後、別の塗料を塗り重ね仕上げた。窓から入る光の角度によって変化が楽しめ飽きない。

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